祖父の在宅介護の思い出

私の祖父は私が中学生の時になくなりましたが、ずっと自宅で過ごしていました。
といっても私の記憶にある祖父はすでに寝たきりの状態でした。
私が幼い頃の写真を見ると、しっかりと立ち、私や弟を抱っこしている姿が写っていますが、ある時トイレで足を滑らせ転倒、そう酷い状態ではないと家族の誰もが思っていたようですが、結果としてそれ以来祖父は歩くことも立ち上がることもできなくなってしまいました。
それから亡くなるまでの間、在宅介護が始まったわけです。
祖父のお世話は主に祖母がしていました。
耳が少々遠かった祖母ですが、その他は特に問題なく非常に元気だったので、食事の世話、排泄の世話と全般において頑張っていました。
祖父は認知症もわずらっており、年々私のことがわからなくなっていってました。
そんな祖父が私はとても恐ろしく、部屋に近づくことは殆どありませんでした。
その頃の私は、その生活が当たり前のように感じ、祖母やまして何もしていないかのように見えた母の苦労など知るよしもありませんでした。
ただ祖父は寝ていて、ご飯を食べているだけ、何もかも忘れてしまってまるで他人のようだと。
後から聞いた話では、祖父に床ずれがなかったようなんです。
これはどれだけ祖母や母が気を使いケアしていたかの表れのようです。
在宅介護の難しさ、大変さは当事者でないとなかなかわからないものだと思いました。
親が年取ったら子供は親の面倒を見ないといけないのか?倫理的(道徳的)には、親がここまで一生面倒見てくれたからこそ自分はここまで成長できていま生きていられるんだから、今度は自分の番だ、みたいな考えがあるのかもしれない。
すなわち、親孝行とかいうやつだ。
しかし、いまだにそのような考えをするのは非常に危険なことだ。
というのは、近年、介護疲れで子供の方が精神に異常をきたしてしまって最悪の結末を招く事件が多発しているからだ。
だいたい、在宅介護と言えば聞こえはいいが、老人を介護するというのは並大抵の労力では済まないのである。
だから、ここは無理せず、老人ホームに入れたりプロの方に訪問してもらって面倒を見てもらうなどの選択をした方が無難である。
親だって、自分の子が自分のせいで壊れてしまうようなことは望んでいないし、それで壊れた子供に自分自身も破壊されしまうなんてもっと望んでいないはずだ。
無理をしないことが、お互いの幸せにとって一番いいのである。
敢えて親孝行をするというのなら、老人ホームや訪問介護にかかる費用を自分が負担してあげればいいのである。
とにかく、せっかく生まれてきてまだいろいろなチャンスがあるのだから、こんなことで人生を終わりにするようなことはしてほしくないものである。